2026年2月号(普段の生活と信仰)

 大谷翔平選手の活躍で、アメリカのメジャーリーグ(MLB)の試合を見る人は多くなっていると思います。テレビでMLBの試合を見ている時に、ホームランを打った選手がベースを一周してきてホームベースを踏む瞬間に、人差し指を天に向けるポーズを見たことがないでしょうか。そのポーズの意味は、「栄光は神にあれ」とか、「賞賛は神に」ということです。ちなみに、シカゴ・カブスの鈴木誠也選手もホームランを打った時にこのポーズをしていますが、鈴木選手の場合は深い意味を込めてそのポーズをしているのではないかもしれません。しかし、そのポーズをする選手がみんな意味もなくそのポーズをしているかというと、必ずしもそうではありません。


サンディエゴ・パドレスのレギュラー級の選手数人に「遠征に行く時に持っていくものは何ですか」と聞いた時の答えがNHK-BSで紹介されました(※1)。タティースジュニア選手は「聖書」と答え、ジェイソン・アダム選手は「水と聖書」と答えました(聖書を持っていくのは習慣的に読むためであって、お守りとしてではありません)。ギュラー級の選手の中の二人がそのように答えたということは、普段の生活と信仰が密接に結びついている選手が、かなりの数に及んでいると言えるのではないでしょうか。そうであるなら、ホームランを打った時のポーズも単なる形だけのものではないと言えます。


 ところで、日本のテレビで紹介されるアメリカのキリスト教会関係の情報は政治がらみのことが多いように思います。アメリカでは二大政党があり、その一つである共和党を応援するキリスト教会グループのことが日本では多く紹介されているように思います。しかし、多くの黒人教会の信者たちは民主党を応援しています。また白人が多く集う教会でも民主党を支持している人たちは多くいます。日本の評論家のなかには、有名な政治家の行動からキリスト教信仰を論じる人もいますが、その方法は正しいとは言えません。


 ぜひ、普段の生活と敬虔な信仰が結びついている人たちの行動に目を留めていただきたいと願っています。キリスト教信仰は政治思想が中心でもありませんし、いわゆる御利益信仰が中心でもありません。信仰を持っている野球選手がヒットを打てた時には神に感謝を捧げますが、ヒットを打てなくても神に文句は言いません。良い経験をした時には神に感謝を捧げますが、試練や困難な状況が続いても信じている存在(神)から離れることはありません。


では、キリスト教信仰はいわゆる「修行」かというと、そうではありません。祈りの中で弱音を吐いたり導きを願ったりするのは、キリスト教信仰の普通の態度です。その前提として「主(しゅ)(神)はあわれみ深く情け深い。怒るのに遅く恵み豊かである」(※2)という神の性質に対する信仰があります。ただし、願いが叶えられるかどうかは神の主権によります。この世の中には人間の努力で何とかなることと、人間の努力を超えたことも多くあります。また、それらが重なっている領域もあります。願っていることを実現させるのは人間ですが、そのためには病気にならないことや環境が整えられることなど、自分の努力を超えたことも必要です。遠征に聖書を持って行く野球選手たちはそのような事柄の他に、落ち着いて物事に対処できるようにということなどを祈っているはずです。ぜひ、そのような普通の信仰について知っていただきたく願っています。〔大泉聖書教会牧師 池田尚広〕
(※1) 2025.08.23. NHK-BS MLB中継中での紹介
(※2)旧約聖書 詩篇103:8